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そこそこ

もし私がいわし専門店をはじめたら »

iwashi5656:

プロフェッショナルを見ていた。
こんばんのテーマは魚みたいやね。今知ったけど。
高級鮮魚店の店主とか鯛の漁師とか。
鮮魚店で閉店までに売れ残ってしまった場面で
店主が今日仕入れた魚は今日食べてほしいみたいなこと
言うていたけど
気持ちわかるーと思いながら見ていた。
いわし釣りに出かけてぷりぷりの真いわしが釣れたら
テンション上がるし食べたら美味いしその日のうちに食べたいし。
おすそ分けする際に勝手ながら「今日中に食べてね、絶対。」と。
いわしは足が早い。お刺身なんかその日のうちじゃないとだめ。
さて、大金持ちになったら
夏から冬の手前まで道楽にいわし釣りに出かけて

“私の同僚達は1000歩譲って、彼の話しが本当だとしても、ノーベル賞受賞のキッカケになる研究の機会を与えてくれた日本企業に対するAnger(怒り/恨み)が研究のエネルギーになっているなどというふざけた内容を世界中の人々が観ているノーベル賞の受賞会見で発言するのはノーベル賞受賞者を汚すような品格のない行為であると皆は口を揃えて言う。
ノーベル賞を受賞するような科学者は人種を問わず、世界中の子供達が憧れるものであり、ああいう日本人を自分達の子供が真似したら将来にとんでもない世の中になってしまうと言うのだ。
あんな恨みを人前で言うノーベル賞受賞者を今まで観たことがないと同僚達は言う。”

日本人3人のノーベル物理学賞、シカゴじゃシラけているぜ! | もうC型肝炎じゃない妻を持つ夫のブルース - 楽天ブログ (via mitaimon)

k-nakama:

旧日立航空機株式会社立川工場変電所

現地に立っている説明書きによると、
戦争中の、
機銃掃射や爆弾の炸裂によって、
このような凄まじい姿になったのだそうです

さらに、
戦後も、ほとんど修理の手を加えることなく、
1993年(平成5年)12月まで、
変電所として、
変わらず、使われ続けていた、
というから、びっくりです

今では、このあたり、
「平和広場」という、
なんか、わかったようなわからないような、
曖昧な通称になっているみたい

元々、何の変哲もない、この建物

その頑丈さ故か、
歴史的な事件をくぐり抜け、
期せずして、
他のものでは語ることが出来ないような、
唯一無二の記憶装置になってしまいました

家の“絶対君主”かつ“虐待の主導者”は祖母だった。約18年前に祖母、母親、父親、長女、次女、三女A子の2世帯生活が始まる。その後、2年たたず母親が離婚。祖母と母親が2人で近所に“離婚のあいさつ”をした。

 近隣住民によると「母親が『主人が、うちのおばあちゃんにとても披露できない暴言を吐いたの。真ん中(次女)だけ主人が連れてくの』と言っていた」。庭の手入れや掃除、雪かきは、すべて父親がこなしていた。なのに祖母は「うちの婿は本当に気が使えない」とののしっていたというから、離婚原因は義母の仕打ちに父親が耐えきれなかったことのようだ。

 A子は最初、肉体的虐待を受けていたようだ。北海道岩見沢児童相談所は、2004年2月に母親から身体的暴力を受けているとして一時保護。帰宅後も自宅訪問や面談をしていたが、同年11月に「心配がなくなった」として解除した。

 しかし、A子が10歳になったころ、父親の雑務を引き継がされた。

「草むしり、掃除、雪かき、犬の散歩、すべてA子がやらされていた。朝5時から登校前に雪かきしていた」(近隣住民)

 祖母が「しつけ」と称する重労働は約7年も続いた。走って学校から帰る姿を見た人が「ダイエットで走ってるの?」と聞くと、A子は「(急いで)うちのことをやらないと怒られるの」。家の中からもA子を叱る罵声が、たびたび聞こえてきたという。

 自宅は母屋と、隣に3畳の広さの離れがある。A子は一人で、離れで寝起きしていた。近所の女性は「家事以外は家に入ることも許されなかった。玄関に近づくのもダメで、わざわざ母屋の裏庭に遠回りして離れに出入りしていた」と語る。

 家計を握っていたのは祖母だった。「リュックを背負って通学していたA子が、風呂敷に勉強道具を入れて首から巻いていたことがある。おばあちゃんから『リュックは私が買ったものだから使うなって言われた』と話していた」(同)

 いつも制服かジャージー姿だったA子に対し、祖母は「イッセイミヤケ」を好み、ロングスカートにブラウス、ストールを巻き「短髪をオールバックにして朝からバッチリ化粧していた」(同)。

 ある冬の日には大雪が吹き荒れる中、自宅の車庫前に立つA子がいた。正午に祖母と母親が買い物から帰るのを「外で待て」と指示されたという。コートも着ずに「おばあちゃんが雪に当たるから、私がシャッター開けるの」と、寒さに背を丸めて言っていた。近所の人が「家の中で待ってれば?」と声をかけても、弱々しく首を振るだけだった。

 古くから付き合いのある住民は、祖母が引っ越しのあいさつに来たときの話を覚えていた。

「恥ずかしい話だけど、うちの娘ね、また子供ができるの。普通、子供は1人か、せいぜい2人よ。3人なんて恥ずかしい。本当にイヤね」

 初対面の相手に語る言葉としては異常だろう。3人目といえば三女のA子とみられる。生まれたときから祖母に嫌われ、その後は虐待されていたといえそうだ。味方のはずの母親は守ってくれなかった可能性が高い。A子は成績優秀で、生徒会長になる目前だったという。

<母、祖母殺害>17歳少女 凶行の裏に虐待? | 東スポWeb – 東京スポーツ新聞社 (via otsune)

【キカイダーとハワイの関係】
日本での放映開始より2年後の1974年、ハワイで「人造人間キカイダー」が放映され、平均視聴率26%という大ヒットを記録。その後何度も再放送され、新たなファンを獲得し続けており、州知事によって「ジェネレーション・キカイダー・デイ」(4月12日)、マウイ郡長により「キカイダー・ブラザーズ・デイ」(5月19日)と、記念日が制定されるほど熱狂的に愛されている。”

『キカイダー REBOOT』ハワイでの驚異的な観客動員で異例の上映延長!ファンから熱い続編希望の声!!|株式会社KADOKAWAのプレスリリース (via ashitatsu)

“カップラーメン待っている間に某掲示板見ていたら「300℃の熱湯使えば1分でできる」というタイムリーなスレを見つけたんだけど「マイナスのお湯を使うとどうなるか」「ー100℃で作った場合、”3分前に出来ていた”ことになるのではないか」という哲学な内容になっていて見入ってたら麺伸びてた”

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